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旅の人生88ヶ所めぐり

忙しくても、自分の行きたいところへとにかく行こう。行きたかったところを、一つずつツブして(かなえて)いくのだ。ある地へ行ったことが、その後の人生に影響することも多い。旅に憧れるロマンチストは、そうして自分だけの旅の人生遍路を辿り、完成させていくことで、自分の人生を極大まで充実(即ち満願成就)させたいと願う。ここでは、私のささやかな八十八旅を、自由にクロスさせながら拾い上げていきます。

アトリエ・ファウニのムーミン人形 を書く前に  ~Matasitemo~

本屋の話を書いた。
いま自分の書いたものに目を通してみて、本屋の思い出は
結構あるということに気が付いた。

中学の帰り、毎日のように寄り道した、喜多山のふたば文庫。
ごくごく普通の、地域に必ずあった本屋さんだ。
ちょうどそのころいい具合に通学路の中間点にオープンした。
創元推理文庫を毎日少しずつ読んで1冊読み切った。
「吸血鬼カーミラ」とか、短編集が好都合だった。
その頃創刊された、やなせたかしの「詩とメルヘン」や、
やはりその頃始まった分冊百科の先駆け、「アニマルライフ」。
いくつもの雑誌・本を立ち読みした。ときどき、買った。
「どくとるマンボウ航海記」の北 杜生が、
中1当時の僕が文庫本を読むきっかけになったような気がする。
当時すでに大学生であった読書家の兄の本棚から
サン・テグジュペリの「人間の土地」や中公新書などを勝手に借りて読んだ。
テグジュペリではやはり中学生らしく?「星の王子様」のほうをすらすらと暗唱していた。
中1の頃テレビで放送されていた初代「ムーミン」が大好きだった(ことは書いたような気がする。
上の姉がちょうどOLになって、会社帰りにトーベ・ヤンソン全集を毎月1冊ずつ買ってきてくれたことも
すでに触れたような気がする。)から、
暗唱、と言えば何と言ってもムーミンの原作であった。いつも読んでいたからあらかた暗唱できた。
とりわけ好きだったのは「ムーミンパパの思い出」に登場するお化けのセリフであったが、
テレビの「ムーミン」も録音してスノークの広川太一郎の声を得意げに披露していた。
話が飛ぶがロマン・ポランスキーの映画「吸血鬼」の日本語訳せりふも面白かったので記憶していた。
話がムーミンに向いてきたが…
ここではいったん話を本屋に戻そう。

とりわけ暑い夏は、家との中間点にあったふたば文庫は、
店の冷房で汗を乾かし一休みできる有難い休憩場所、
大げさに言うとオアシス、今のテーマに沿って言えばそれこそ
(学校からの帰り道に姿をくらます)「隠れ家」だったのではなかったか。

あるいは僕の金沢時代、ビアガーデンで雇用していた金沢大学の学生アルバイトMが、
(そんなガラでもないくせに)いつも女の子と待ち合わせに使っていたうつのみや書店。
格好つけて4階の美術書売り場を指定していたっけ。静かでいいんだとうそぶくM。
いやいや、金沢時代はうつのみや書店より、何といっても香林坊の福音館書店だ。
2階の喫茶に腰かけると店の正面の横断歩道を眼下に見下ろす好立地。
何で横断歩道が好立地?と人は思うだろう。
全面ガラス張りの2階前面が喫茶スペースで、そこから中央公園・文学館の方がワイドに見渡せた。
真下に目をやれば店の正面の横断歩道。信号待ちの金沢の善男善女が、
それぞれに用事の狭間の一瞬に、ここで立ち止まってただ信号を待つ姿を、
ぽーっと何となくも眺めながら、本を開いてコーヒーを飲むひとときが、
僕は楽しかった。

全面ガラスの喫茶店がぼくは大好きで、金沢では幸町のグッチが特にお気に入りだった。
毎週金曜日であったか、大きなスケッチブックを小脇に抱えてその店に入り、
夕方からのスペイン語クラスのための
予習をした。スケッチブックだったのは、クラスがハードで、
ページをめくっている隙もないほどのコトバ(スペイン語)の洪水であったから、
ひとことも聴き逃すまい、と大きなノートに絵のように何もかもぐちゃぐちゃにメモしまくるためであった。
グッチでの予習は、ちゃんとテキスト(も一応あったので)を読めるように単語などを調べて臨むための貴重な時間なのであった。
ホテルでの勤務を終え、明るいうちに仕事をあがって、さあ今日もヤルゾと
意気軒昂に北鉄バスに乗り込んで、週に一度、幸町へ向かうのだった。
だがクラスは幸町ではなかったかな?
どこだったかな…、社教センター、という所だったような気がするが…。
クラス(スペイン語でクラセという)は、ホセのクラセ、という自主学習講座で、
銀行マンでアルゼンチンタンゴを愛する、いつもにこにこ優しい笑顔の常山さんが、
当時金沢で生活していたコロンビア人の若手彫刻家ホセ・バネガス氏に講師をお願いして
開講していたもので、常時7、8人か、それ以上の人が学んでいたと思う。
ホセは当時まだ日本語を全然しゃべれなかったので、われわれはいつも必死でかれの言葉を聞きとろうとし
理解しようとしこちらの言いたいことを伝えようとした。
ハードなクラセの後がまたお楽しみ、片町・香林坊へみんなで繰り出して、セグンダ・クラセ、つまり第2部、
言ってみれば2次会を、毎度楽しんだ。
あの時のメンバーは皆どうしているだろう。

また本屋の話からそれてしまった。
いや、本屋の話ではないのだった、それは書き出しで、またしても、
Matasitemo, ムーミンの、めずらしい人形の話を書こう書こうとしているのに、
今日もそこへ到達できぬまま、今宵も更けていってしまった――

ぼくは、その珍しいフィンランド製のムーミン人形を、持っているのだ…。





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アトリエ・ファウニのムーミン人形 を書く前に ~わたしの隠れ家~

本屋で過ごす時間が好きである。
どこに何があるか何となくわかっている、慣れた本屋がいちばんだ。

男の隠れ家、という雑誌のアンケートに答えたとき、
「あなたの隠れ家はどこですか?」という問いに、つと考え、
僕の隠れ家は自分のこの書斎(とカッコつけるまでもなく例によってぼくの部屋)、
そしてきっと本屋という空間だろうと気がついた。
お気に入りの本屋は、いつも静かな、ぼくの好みのBGMがかかっていて、
落ち着いて、ゆっくりと立ち読みができるから、毎月2,3の旅の雑誌をチェックして
それからその内の1冊か2冊に、文庫本か新書か、何か目に留った本もついつい加えて買って、
そして充実した気分で、店を出る。
何も買わないこともある。それでも、短い時間、本に囲まれて静かに過ごした時間は何か格別なものがある。
それは、ぼくのしあわせな時間、なんだな… と今、思う。
“隠れ家”にふさわしい場所だと思えるのは、本屋は、その中のどこかに、人を、ぼくを隠してしまうから。
そしてどこに隠れていても、ほかのだれも気に留めないのが自然な場所だから。
隠す、隠れる、という表現が気になる人には、
(本屋の空間が、その人を)包み込む、とか、無数の本が人を覆って、本屋の風景の中に溶け込ませてしまう、
と言えば、より正しいかもしれない。
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