旅の人生88ヶ所めぐり

忙しくても、自分の行きたいところへとにかく行こう。行きたかったところを、一つずつツブして(かなえて)いくのだ。ある地へ行ったことが、その後の人生に影響することも多い。旅に憧れるロマンチストは、そうして自分だけの旅の人生遍路を辿り、完成させていくことで、自分の人生を極大まで充実(即ち満願成就)させたいと願う。ここでは、私のささやかな八十八旅を、自由にクロスさせながら拾い上げていきます。

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ご無沙汰ブログ

何と長期間、ブログを休んでいたことか。
といっても、どうも誰も読んでくれてないようであったので、影響はない。なかったろう。
訪問者リスト、というもので確認できるので、誰も、というのは正確には間違いであるが、
いったい何人の人が、私のページを開いてくれていたのだろうか。
訪問者数を、確認する方法があるのかどうかも知らずにブログを始めた私。
この間、1年以上のブランクは、実はパソコンが突然壊れたことによるのだ。
たいへん苦労した。が、直った。直した。直すことができた。
メールはすべて、消えた。でも、直って何より。あはは…。よかった、よかった。
だが。私はこのブログを書く方法(つまり管理・編集画面へのアクセス方法)を、
なんと、最初に設定完了したときの着信メールにのみ頼るという
なんとも横着な態度でいたがために、この初回のメールが消えるとともに
どうアクセスすればいいものかがさっぱりわからなくなってしまったのである。
だから、もういいや、面倒くさい… と放擲してしまい、
いや さいしょは慌てふためいたのだったが、パソコン修理に右往左往する中
仕事はたいへんな状況だ、他にもあれだこれだと、
対処しなければならぬ問題課題が続き、とうとうこのブランクと相成った次第である。
ではどうやって、ついにここへ戻ることができたか?!?
それを書く時間は、無くなったようだ。
と、久しぶりに前と同じく書きっぱなしでこの作業を終えようとしている。
なぜって、(やっぱりこれを書きたくなる時は、これまでいつもそうであったように)
ナイトノイズの調べが、終わってしまったから です。
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「田野畑村の春」

NHKテレビの『ドキュメント72hours』を見るのが楽しみだ。

仕事から帰り、自室に夕食を載せたお盆を持ち込んでひとり遅い夕食をとりながらテレビを見る。
チャンネルをひと通り回す(回す、というこの表現は、昔の、丸いチャンネルが付いていたテレビの名残りなんだナ)。
騒がしく下品で馬鹿話ばかりの民放。ろくなテレビ番組をやってないなあ…、といつもNHKに落ち着く。
いつも録画を録っておくのは『NHKスペシャル』と『ブラタモリ』、そして『ドキュメント72hours』だ。
時に『100分de名著』なども選んで録っておき、帰宅後きっちり見る。
きっちり、と言っても食べながらになるが、もうひとつ、「○○○しながら」、にぴったりなのが
やはりNHK総合テレビで深夜3時ころ放送される、音声なし(BGMのみ)でただひたすら世界の美しい自然・風景の映像が映る番組だ。
僕はこれがとても気に入っていて、最近録ったのはチリのアタカマ高地とペルーのワラス塩田を記録したものだが、これはちょっと退屈だった。いや、気に入ったのは沖縄や、インド洋などのそれはそれは美しい海中をたんたんと撮影したものだ。
(まるで水族館の水槽のガラスの向こうにサンゴ礁の海がそのまま拡がっているような気がする、)美しい光景をテレビ画面に切り取って眺めているような感覚に浸りながら静かに食事ができるのだ。
昨年初めて訪れた石垣島・竹富島・黒島とその間の海域、また一昨年の慶良間諸島の座間味島と無人島の海(このブログでしつこく述べた。)が誠に強烈な印象を残しているので、この記録映像はまるで自分が潜っているかのような感覚に浸れて心地よい。

ところで『ドキュメント72時間(hours)』である。
きょうは船橋のオートレース場最後の72時間をたんたんと追っていた。爆音の響きとともに、ここへ長年通い詰めてきた日本の庶民の哀歓を、さりげなく伝えていた。なかなか良い記録(時代の証言、と言うのかな)を残したなあ、と思う。たんたんと。そこがこの番組の良いところで、この感じ、いつか遠い昔に見たかなりシリアスなドキュメンタリー番組『ドキュメント○○(ここは西暦だった…)』を思い起こさせた。
それは某民放で深夜に放送されていたもので、毎週見ていた僕はまだ中3か高1だったと思う。そうか ということは72年。思い出したぞ、『ドキュメント72』だ。なんと。いま書いてる『…72hours』と二重写しのようなタイトルではないか!
今もなぜか印象に残る回がある。
『田野畑村の春』と題した、岩手県田野畑村の、のどかな春のスケッチ。過疎地の路線バスを降りる女子高生の姿や、その土地の人々の暮らしがそれこそたんたんと、描写されていて、
いつか僕はこの地を旅しよう、と思ったのだ。
まさか「いつか」と思っているうちに、あの素朴で美しい土地が巨大な震災に見舞われてしまうとは、まさか、であった。
震災が起きる数年前、あこがれの東北をひとり巡る1週間の旅を実行した。企画段階でいろいろと、かねてから念願であった地を踏破するコースを組んでみたが、どうにも岩手・福島の海岸沿いを縦断するルートを今回はあきらめざるをえなくなった。やむを得ない、第2次東北探査行があるさ、と次回に委ねた。そうしたら、まさか、である。
以来、まだ彼の地を僕は、踏んでいない。







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雪のメロディー

今日はこのあと雪が降るとの予報、
空を眺めたらどんよりと重い灰色が一面に広がっている。
1週間分の洗濯物を部屋干ししながら、休日の静かな朝、
ひとり、冬のメロディー「ケルティック・クリスマス」の(、これは確か)Ⅰ(1995年版)を聴いている。
どの曲もよいが、始まった…ナイトノイズ「Snow on High Ground」、
雪の情景を描写したこれほどの名曲を、僕は知らない。

もうひとつ、大好きな雪のメロディーがある。
ボリビアで1970年代にすばらしい活動をしたルパイの
「Paisaje de Nieve(雪の風景、雪景色)」だ。
アンデスでは知られた伝承曲に
Nevando esta(雪が降っている)という曲もある。
しんしんと、雪が高地に降り積もる情景が目に浮かぶような名曲だ。
遠い異国の(という表現は、近年しなくなったなあ…)メロディーでありながら、
いずれもわれわれ日本人の季節感(情趣を愛する徒然草的な)と驚くほど重なって
しみじみと感動を、しばし味わえる。
ルパイ(ロス・ルパイ、初期はキンテート・ルパイ)というフォルクローレグループ、
日本ではほとんど誰も知らないだろうがヨーロッパでは結構多くのCDが出ていた。
ぼくの周りのアンデス音楽ファンの間ではとても人気のあった曲だ。

ナイトノイズのもルパイのも、ごくごく短い作品だが、軽作業のつかの間、ふと引き込まれ、
1曲終わると心が洗われている、という感じだ。
いや、ルパイのほうは洗われるという以上に、雪の冷たさをものともしない熱さを心に灯してくれる。

雪のメロディー、と言えば
雪の降る街を。
亡くなった親戚のおばちゃんが、生前、
雪の日にラジオから流れたこの曲を聴いた瞬間、恨んできた夫のつらさがはじめてわかり懺悔した
と泣いて話していたのを想い出す。
10年前、東北をひとり旅したとき立ち寄った鶴岡で、この歌のいわれを知った。
アダモの「雪が降る」、も(というより「こそ」というべきなのだろう)名曲だ。
そうだ、「粉雪」という名曲もあった。
かつてカラオケで絶唱した時も、クルマを運転中に流れてきても
なぜか泣けた。この冬もカーラジオから流れて、思わず泣いた。
雪の思い出が、そうさせるのか。
雪の想い出。

たくさんあるんだ、雪の名曲。

ぼくの挙げたのはとてつもなくマイナーな2曲だけれども
ちょっと興味がわいたならぜひ一度、探してでも聴いてみてください。
あなたのおすすめの、いや、あなたのこころの1曲、
知られざる“わたしだけの、雪のメロディー”もどなたか教えてくれませんか。
どなたか…
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アトリエ・ファウニのムーミン人形

アトリエ・ファウニのムーミン人形
なんて古い人形だろう!
ずいぶんと汚れているようだが…(というか、革でできた顔の部分が傷んでシミが出ているのだが…)
なんとも素朴な味わいがある。これはもはや骨董品だ。

先に本屋の話を書いた。
それはこの人形のことを書こうと思って書き始めたのであった。
いつもの本屋でふと見つけたムーミンのムック本。
ムーミンとトーべ・ヤンソンに関しては、目にしたもの聞いたものすべてをいちおうチェックしてしまう私。
ムーミンとの付き合いは古い、とはすでに幾度となく書いたと思う。
だがこの人形が貴重なものであることは今回初めて知った。本屋でこのムック本を見て本当に驚いた。
10月に出たブルーガイド・グラフィック「ムーミンとトーベ・ヤンソン」
スカンジナビアン・レトロの日本語版、とある。
ここにでかでかと、僕の持っているムーミンの人形と同じものが、載っているではないか!!

「もっとも手に入りづらいムーミンフィギュアといえば、1955年にムーミン人形を発表したヘルシンキの小さな工房、アトリエ・ファウニのもの。」
とある。
「トーベは革、木材、染色された布地を素材に使った手作りの人形をたいそう気に入り、両者はライセンス契約を結びます。」
この本には、編集部が入手したという15体が大きな写真で掲載されている。そうか、そうだったのか……!

さっそく本を買い求めて、
ぼくはアニキ(兄)にメールした。
この人形、私が中学1年のとき、兄がフィンランドみやげに買ってきてくれたものなのだ。

テレビで東京ムービーの初代『ムーミン』が始まったのは小学校6年の時。
雑誌『小学6年生』にムーミンが2ページにわたって紹介された号は、今も保存してある。
クリスマスプレゼントには、ムーミンのLPレコードを、両親が買ってくれた。
(これはかなり子ども向けのもので、もう中学生なのになあ…こんな子どもっぽいものを…と恥ずかしくてしょうがなかったことを
よーく憶えている。だがそこには大好きなスナフキンの歌も、のどかなムーミンパパのうた
―♪そーらのうえにはシドがある~ドレミファソラ、シードーと高木均が歌う―
も入っていた。)
(ついでに言うと、『彫刻家の娘』の本も僕は当時から持っていて、このムック本に載っているフィンランドの初版本と、同じ写真の表紙である。)

兄は当時大学生で、スカンオートというフィンランドの自動車会社にアイセックAIESECの交換学生として研修旅行に行ったのだ。
フィンランドに1か月いたと思う。
行くときは新潟から船でウラジオストクへ渡り、ハバロフスクを経由してバイカル湖畔のイルクーツクからシベリア鉄道で何日もかけてモスクワへ入り、そこからヘルシンキへ入った。
研修終了後はヨーロッパを南下し、デンマーク、ドイツ、オーストリア、スイス、フランスと廻って、パリで友人K君と再会し、ふたりで帰国した。
再会、と言えば…友人はパリで研修をしていたが、当時、パリへ入るのにもシベリア経由で行ったのかなと、ちょっと不思議に感じる。モスクワまで一緒に行って、そこで二手に別れたのだったと思う。こんどアニキに会ったら、一度詳しく、聞いてみよう。

それにしても雄大な旅行である。

中1の時は大阪万博の1970年で、ぼくはこのアニキのダイナミックな欧米行きと、万博の洗礼とで、いたく外国に焦がれてしまうことになる。万博は家族で夏休みに泊りがけで、また学校から日帰りでも行き、大判のオールカラーのガイドブック(これもいまだに持っている。)をすみずみまで読んで、世界への夢を、ふくらませた。
先に子どものころからの、海外、特にヨーロッパへのあこがれについて語ったけれど、小6から中1にかけて、これが一気に膨らんだのだった。

その兄がフィンランドへ行くと決まったとき、僕がお土産に頼んだのがムーミンのお土産だった。
一度言っただけだったが、兄はちゃんと本当に買ってきてくれた。
それがこの、写真の人形である。
ムーミンとかスナフキンでなく、それがムーミンママだったので、僕はアニキがそれを僕にくれた時ちょっとだけがっかりしたのを今も憶えているが、そのようすを目ざとく感じた兄は
「(ムーミンのお土産を探すのに)(これを買うのに)苦労したんだぞー」
と言った。アニキはそんなことはきっととっくに忘れているだろう。
だって今回、僕が驚いてメールを打った時、この人形をぼくに買ってきてくれたことすら、忘れていたのだからね。それはあたりまえのことで、もらった方は忘れないものだ。

ムーミンママが手に提げていたハンドバッグは落ちてしまっているが、この水色の人形は、いまもぼくの部屋の仏間の(仏壇は、入っていない。)旅の記念品を納めるガラスケースの片隅に、毎日佇んで、いる。

追記:ケースの中は、僕がこれまでに行ったあらゆる旅の記念の品(いつも小さなものをと、選んでいる。)と、友人知人からいただいた旅行みやげの小物と、かつて輸入民芸品店などで見つけた僕の憧れる外国の品々でびっしりと埋め尽くされている。
2段あり、上は外国の物、下は日本各地の物だ。ムーミンママのハンドバッグも、ちゃんとあったのだから、きっと上段のきっと隅っこあたりに、今も落ちているに違いない。
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秋のオフタイム(ジョージ・ウィンストン AUTUMN を聴きつつ)

今日は雨降りの休日。
妻は仕事に出、娘は名古屋に遊びに出かけた。
娘は、映画を観に行くと言うので目玉焼きとトーストの朝食を食べさせて先ほど駅まで送って行ったところだ。
やれやれ…。
息子は2階にいる気配(まだ寝ているのか)。
晴れていれば町内のドブ掃除、というか側溝清掃日だったので、
午前中の時間が空いて、ほっとして
いまぼくのステレオにジョージ・ウィンストンを乗せた。
たちまち、震えるような空気の振動が、僕の部屋を包み込む。
AUTUMN
というこのレコードは、かつてこのウィンダム・ヒル・レーベルが登場して
自然とか季節とか空気とかを感じさせてくれる心地よい音楽を提供してくれた時代に
評判になったレコードで、
先日この古いステレオを復活させてから、たびたびかけている。
秋をしっくりと感じさせてくれるこのピュアな音。
レコードのそりかキズか汚れなのか小さくチリチリと鳴るノイズも、自然で僕は好きだ。
何といってもこの、部屋の空気を振動させ、その空間にしみ込んでいく感じが伝わってくる、音の微妙なあわ立ちが
ぼくのこころを心底、落ち着かせてくれる、というより心にまで浸みこんで、なにか良い気持ちで満たしてくれる。
(近年、流行りの健康論でいうと、ドーパミンがぼくの頭の中でじんじんと放出されているのかな…)
おっと、でもこの静かな時間は片面の録音時間で切り上げなくては。
今日は午後から地域の活動の打ち合わせがあるし
それまでに今のこの時間に片づけておかねばならぬことがある。

いつもこうしてちょっとした合間の時間にかけた音楽の
なっている間にだけ、そそくさと書くこのブログ。
こんなことではいつまでたっても旅の報告も写真のアップもままならぬではないか…






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